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2020年6月21日年間第12主日 

fr.田中信明OP

朗読:.┘譽潺20:10-13、▲蹇璽5:12-15、福音マタイ10:26-33

今日からミサが再開されます。教会は2月26日の灰の水曜日、四旬節第1主日3月1日から4ヶ月間「公開(信徒とともにささげる)ミサ」は休止しており、復活祭、主の昇天、聖霊降臨、三位一体、キリストの聖体のお祝いができませんでした。
2月3日に横浜に到着したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から感染者が発生したことから身近に知ることになりました。色々な情報や噂やチェーンメールみたいなものもありました。結局、知らない「恐ろしさ」ゆえの「不安」が背景にあります。
第1朗読と福音にも言及されている「恐れ」についてわかち合いましょう。わたしは聖書の「恐れ」と訳されている箇所が文脈から考えてすべて「恐れ」であるとは思えません。
広辞苑では「おそれ」は、1.「恐れ」こわがる気持ち。恐怖。不安。2.「畏れ」敬い。かしこまる気持ち。畏怖。畏敬の念。3.「虞」よくないことが起こるかもしれないという心配。気づかい。不安。懸念と区別しています。ですから、「恐れ」と「虞」は重なりましょうが、「畏れ」とは異なるのです。
自然災害、出エジプト、荒れ野の旅、バビロン捕囚、周辺国からの支配、神殿破壊、迫害など苦難を経験した旧約の民は、神のなさる戦士のような雄々しさ・勇ましさは何事か知らないゆえの「恐れ」でしたが、やがて『神の忠実さ・あわれみ』が継続していることを『契約』を省みることで再確認し、「手を合わせ感謝する」「畏れ」に結ばれました。
イエスの十字架と復活を記念する新約の教会は『教会の忠実さ』を持って福音そのものである『イエス・キリストのおとずれ』によって『神の忠実さ・あわれみ』に応えていく使命があります。マタイの福音書10章26-33節での4箇所の「おそれ」はすべて「恐れ」と訳されていますが、28節の「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を畏れなさい。と訳すほうが良いと思います。手元の「玉川直重著 新約聖書ギリシア語辞典」で調べてみますと、26節の「人々を恐れてはならない」、28節の2回「恐れるな」「恐れなさい」と31節の「恐れるな」は、いずれもフォベオマイという動詞です。意味はゞ欧譴襦↓△それかしこむ、尊敬する、崇敬するです。名詞はフォボスでゞ欧譟↓恐れさせるもの、0攘鼻尊敬とあり、フォボスは善い意味にも悪い意味のおそれ(恐れ、畏れ、尊敬、fear, reverence)にも用いられます。ギリシア語の複数の意味が日本語の複数の意味に対応するのですから、翻訳でも文脈ごとに「恐れ」「畏れ」「虞」とすべきと考えます。「畏れ」と「恐れ」を区別しないと、『イエス・キリストのおとずれ』による神の超越性や『神の忠実さ・あわれみ』を水平的にとらえてしまい、福音に応える霊的垂直的なながめ・かかわりで味わう深みを忘れてしまいます。「三密」(密閉・密集・密接)を避けることに注意しましょう。これは教会にとっては大きなチャレンジです。「かかわり」を基調とする共同体(コムニオン)にとってこの「かかわり」が断たれてしまう事態だからです。ともに集まることのできない「見えないかかわり」を保つ教会であることに希望をおき、「新たな出発」をお祝いいたしましょう。     


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